YoFu’s Taravel Blog

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旅で感じたエッセイ 第一回『タイで感じた人々の熱気』

私が初めてタイに行ったのは、3年半ほど前。初めてひとりで海外に行ったときだ。

もちろん、ツアー旅行などではなく、自分の思うがままに自由に歩いていけるバックパッカー旅。この旅がバックパッカーデビューだった。

初めてひとりで自由に海外を歩いていると、目に入ってくるもの全てが新鮮だった。見慣れない外国語が溢れ、聞き慣れない外国語が飛び交う。初めての体験だった。恐怖は全くなく、ただただ新しく経験することを純粋に楽しんでいた。

日本という国に対して、飽きて、退屈して、辟易していたせいか、タイがとても素晴らしい国に思えた。今になって思えば、色眼鏡をかけていたのだろう。しかし、そのときに感じたタイの素晴らしさは間違っていなかった。今こうして、当時のことを思い出しながら記事を書いていると、当時感じた気持ちをそのまま持ち続けていたことを自覚した。

当時感じた、タイの素晴らしさを書いていく。今回は『タイで感じた人々の熱気について』。他にも何点かあるので、それらは追々記事にしていくつもりである。

タイで働いている人たちには熱気があった。日本では一度も感じたことのない、人の生命エネルギーがほとばしるような熱気をタイではあちこちで感じた。一日一日を必死に生きて、楽しんでいる、そんな生命エネルギーに満ち溢れた人たちがそこら中にいた。

なぜ、日本では感じたことがないのに、タイではあちらこちらで感じたのだろうか。

私は、タイの人たちは自分の力でお金を稼ぎ、生きているからだと考える。生命エネルギーをみなぎらせていないと、生きていけないからだ。

私がなぜこのように考えたのか。それは、タイでは自営業者が多いからだ。屋台、タクシー、トゥクトゥク・・・。通りの至るところに、自分の力だけで稼いで生きている人が溢れている。この人達からほとばしる生命エネルギーが、私にタイの人々の熱気を感じさせているのではないだろうか。

彼らの一日は、想像できないほど大変なものだろう。ストレスもかなり大きいはずだ。しかし、街中で見かけた彼らの多くは、イキイキとした表情をしていた。とても楽しそうだった。もちろん、中には仏頂面をしている人もいたが、その人もイキイキしているように見えた。

なぜ彼らの表情はイキイキとしていたのだろうか。それは、『生きている』という実感があったからではないだろうか。生きているという実感こそが、人を人らしく生きさせるのではないだろうか。

人は生きるためにお金を稼ぎ、食べ物を食べ、寝る。そのサイクルの中で、生きているという実感を得る。つまり、生きているという実感を得ることこそが人間が生きる目的、人間らしく生きる目的なのではないだろうか。

私は、生きているという実感を毎日得ているタイの人たちがとても羨ましい。

私が会社勤めだったころは、生命エネルギーをほとばしらせることなく、生きているという実感を得ることもなく、ただ惰性で毎日を過ごしていた。

ただなんとなくで過ごしていても衣食住が保証されている生活は人々の生命エネルギーを、生きているという実感を得る機会を奪ってしまう。人々は安定と引き換えにそれらを失ってしまった。その安定が崩れ去ったときになって慌てても、もう遅いのだろう。失ってしまったそれらは帰ってこない。無気力のまま死んでいくだけなのだ。

私もタイの人々のような、生命エネルギーに溢れた人間になりたい。一日一日大変だと思うがそれでも、生きているという実感を得るほうが、何にも代えがたい素晴らしい物だと思う。

私は会社勤めを辞めた。無気力な生活、生きているという実感のない生活に嫌気が指してしまった。コロナが収まったら世界一周の旅に出るつもりだ。この旅で、会社勤めで失ってしまったものを取り戻す。自分の力でおかんを稼ぎ、生きているという実感を得ることができるようにしていくつもりだ。